大石順教尼の可笑庵が閉館しました
京都・山科にある勧修寺(かじゅうじ)の一角に佇む「可笑庵」。
毎月21日に開庵していましたが、今日でひとつの区切りを迎えました。
私はご縁をいただき、大石順教尼の創作講談を一席読ませていただきました。
可笑庵は、壮絶な人生を歩みながらも人々に希望を与え続けた大石順教尼が暮らした庵です。
最終日とあって、多くの方が足を運んでおられました。
皆さん、最後の開館日を噛み締めるように過ごしている様子が印象的でした。
場所にはそれぞれ固有の「時間」があります。街の雑踏の中の時間、仕事に追われる日常の時間、それらとは異なる流れが、確かにここにはありました。
可笑庵に流れていた時間は、外界のそれとは少し違う、ゆるやかで、どこか人の心をほどくような時間です。
それはきっと、順教尼がこの場所で紡ぎ続けてこられた祈りや思いが、形を変えて今もなお息づいているからなのでしょう。
ひとつの公開の終わりに立ち会いながら、終わるというよりも、むしろその時間がこれからも静かに受け継がれていく――そんな感覚を覚えた一日でした。